卵のおじちゃんの話

2020年07月04日(土) 2号のつぶやき その他 考えごと

今回は少し農業とは関係のない話を書きます。
春はとても忙しくて、ずっとこの事を書いておきたいと夫婦二人とも考えていたのですが、なかなか時間が取れませんでした。僕らの思い出話でしかない話だと思うので、農業の話とは違って申し訳ないのですが。

こうして農園日誌に書くことも迷ったのですが、でもこうして書くことで、こんな方があらい農園の後ろにいたということを誰かに知っておいてもらいたくて、おじちゃんが生きていたことを残しておきたくて、1号(夫)の後に少しだけ2号(妻)も書きました。農業に全く関係のない、夫婦合作の農園日誌です!

もう2ヶ月以上前の話になるのですが。
ちょうど桜がきれいな頃に、僕たち家族をいつも気に掛けてくれていた同じ集落の方が突然この世から去っていきました。
その方は林業をされていて、ある日山に入ってそのまま帰らぬ人になりました。木が頭に落ちてきたとの事でした。突然の別れに、しばらく現実の事と感じられない日々が続いていました。
コロナの影響もあって、本来ならばきっとお葬式にはたくさんの人が別れを偲びに来たのに、それも叶わず家族葬になりました。賑やかな事が好きな人だったので、大勢でのお葬式が出来なかったのは、とても寂しかったです。
でも時間とともに少しずつ、寂しさにも慣れてきたようにも思います。

僕たちが京北黒田に来て4年と少しになりますが、最初の頃からずっと、お借りしていた家の事から、地域との関わりや、仕事の事まで色んな事を気に掛けてもらっていました。
地域の人気者で、みんなから「こうちゃん」と親しみを込めて呼ばれていました。気さくで冗談が好きで優しかったです。思えば、人の悪口は言わない人でした。
本当によく家にも来てくれて、用事をしてくれる事もあれば、雑談をする事も多かったです。卵や牛乳、貰い物のお菓子や果物や魚やお肉など色んな物をよく頂きました。ムスメを授かる前には「精をつけなあかん」とよくにんにく味噌を持ってきてくれたりもしました。

僕らは幸いにも田舎と呼ばれる地域で、うまく人間関係を築けて今に至っているのですが、それは地域の方々のお力添えがあったからです。その中でも、こうちゃんの存在は大きかったと思います。僕らは黒田の人は親切な人が多いと思っているのですが、それは事実として、でも実はそのイメージの大半は何人かのよく関わりのある人たちの存在が大きいんじゃないかと思うこともあります。
こうちゃんはまさにその代表で、田舎の人の温かいイメージ。よく家にやってきて、冗談言いながら雑談をして、家の事や色んな事も相談に乗ってくれるし、食べ物も持ってきてくれる、困った時には助けてくれる。そんな存在でした。
3号(娘・はな)の事もとても可愛がってくれて、もう少し成長を一緒に見て欲しかったなと思います。

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1号(夫)は仕事の面でよくお世話になりました。軽トラが溝に落ちた時にはクレーンで吊り上げてもらったり、保冷庫やコンバインをトラックで運んでもらったり。使わなくなったチェーンソーももらいました!形見のつもりで大切に使いたいです。
少し前には、サツマイモ貯蔵用のトラックコンテナをわざわざ奈良まで一緒に取りにいってもらいました。こうちゃんのトラックは木材をたくさん積むために、ユニックというクレーンが付いた大きいトラックで、大抵のものは吊り上げて載せる事ができたので、何か事あるごとにお願いをしていました。
その奈良への道中、色んな話をした中で印象に残る言葉がありました。
「自分も新しい場所に行った時とかに、心やすくしてもらった。だから新しく来た人には心やすくしようと思ってるんや。」
心やすく、という言葉が特に印象的でした。本当に心やすくしてもらったなと思います。
よそから移住して来た人にとって、心やすく接してくれる人の存在は本当に大きいです。それをしてもらって、今の僕らがあるのだと思います。そうしてしてもらった恩は、今度は自分たちが、今後新たに黒田に住む人に、心やすく接していく事でかえしていきたいです。

こうちゃんが心やすくしてくれた事で、僕たちは黒田の事が好きになったし、こうちゃんの他にも僕たちに本当に良くしてくれる方がたくさんいます。そんな人たちが大切にする黒田を、僕たちも同じように大切にしていきたいと思うようになりました。きっと、田舎はそうやって想いを紡ぎながら、大切に守られてきたんじゃないかと思います。そしてその想いの積み重ねの中に、僕たちもこれから色んな想いを重ねていくのだと思います。

田舎に住んでいると、関わりのある人がどうしても高齢になります。なので、お別れをする事がとても増えました。
悲しくて泣くような別れも何度かありますが、でもそんな別れがあるというのは、それだけ大切で感謝の気持ちを持てたという事かもしれません。それは幸せでもあるのかなとも思います。
亡くなられた方の想いを背負って、大切にしたいものが増えるというのはきっと幸せな事なんじゃないかと思います。

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1号とだいたい思いは共通なのですが、私(2号)の思いも少し。

こうちゃんは本当に気さくな人で、私にとって初対面の頃からなんの気兼ねもなく、喋れる人でした。冗談も言い合えるし、突っ込んだりもできる、親以上に歳が離れているとは思えない気安さで話せる人でした。時々、こうちゃんは私が今まで生きてきた倍以上生きている…と確認して、不思議な気持ちになるくらい。何かあれば、とりあえずこうちゃんに聞いてみて、と気軽に相談して、何度も助けてもらいました。
たくさんお世話になったのですが、私の心に一番残っているのは、こうちゃんが家に来てくれて、畑に来てくれて、ただただ喋っていた時間です。お喋りすぎて、話が長ーくなることも多かったのですが、色々喋って笑って、そんな時間が心地よくて、今までの街での自分の生活にはない時間でした。
山があって川があって、空気も気持ちよくて、自然の豊かさもとても魅力的なのですが、私が思い描いていた田舎暮らし、人と人との繋がりの豊かさを、こうちゃんは特に感じさせてくれる人でした。何気ないお喋りをして、何かあれば相談できる、家族じゃないけど、家族みたい。そんな関係の心地よさを感じさせてくれました。今、黒田での生活、田舎暮らし、いいよー!と大きな声で言いたくなるのはこうちゃんのおかげによるところが大きいです。

1号も書いているのですが、今、私たちの周りは高齢の方が多いです。
その中で、去年は元気に自転車に乗ってたおじいちゃんが今年はいなかったり、畑でよく話していたおばあちゃんも、冬になって最近会わないなぁと思っていたら、春にはいなくなっちゃったり。別れを経験する中で、ある程度覚悟はできてきて、高齢化の進む田舎で暮らす者の定めだなぁと、みんなを見送っていくんだなぁと思うようになりました。今あるこの景色が来年も一緒とは限らない、今いる人と来年も同じように過ごせるとは限らないということを、黒田に来てからの4年で痛感しました。こうちゃんは、あまりにも早くて、突然で、未だに受け入れられないところがありますが。
いつかは別れがくるという実感があるので、“今”の貴重さを泣きたくなるくらい感じることがあります。それは今、周りの人たちに恵まれて、ふとした時に幸せだなぁと思える生活ができているからなのかもしれません。だからこそ、今、この大事な人たちがいるこの時間を大切にしたいなと強く思うようになりました。日々の生活の中でバタバタと、こなすことや段取りを考えがちなのですが、何気ない時間を大切に、そんな心の余裕を持って、過ごしていけたらなと思います。大事な時間を心に刻み込んでいきたいです。

こうちゃんはいなくなっちゃいましたが、家で出荷の準備をしている時、畑で作業をしている時、「頑張っとんなぁ~」と言いながら、ジュースを持ってふらっとまた来てくれるんじゃないかと思ったりします。こうしてきっと心の中にずっといるんだろうなぁと思うと、悲しい別れが多いのは、それだけ心の中に大事な人が増えていくということなんだと思いました。そして、今、そんな人たちと関わりながら生きていけるのは、すごく幸せなことだと思えました。

そして今回、こうちゃんのことを2年前から研修生として来てくれた吉田くん夫婦と共有できたのは、私にとって嬉しいことでもありました。悲しいことではあるけど、こうちゃんが生きていたこと、こんな人だったね~と一緒に悲しめて、これからも一緒に思い出せる、そんな仲間がいてくれてよかったなと思います。山や川、田畑などの景色も、今ここにいる人たちの想いも、一緒に繋いでいってくれる人たちがいることは、すごく心強いです。これからどんどん大事な人との別れや環境の変化とかがあるとしても、こんな仲間たちがいることで、新しい動きが生まれたり、新しい大事な人や物、事ができてくるのかなと思えます。自分たちがおじいちゃんおばあちゃんになる頃に、どんな黒田になっているかなと、ちょっと不安な時もあるのですが、こうちゃんが、地域の人が大切にしてきた黒田を一緒に受け継いでいきたいです。

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9年目の抱負。と辛かった思い出。

2020年04月08日(水) 生い立ち

いつもの事ながら久々の日誌になりました、1号(夫)です。
昨日から大都市圏には緊急事態宣言が出されて、日本中が大変な事になってきましたね。
と言うよりも世界中ですね。

あらい農園の生活をしている京都は、外国人観光客が来れなくなったあたりから、ずいぶん人が減りましたが、今は観光地なんかは閑散としている場所もあるようですが、普段の生活に関しては驚くような変化はないように感じています。

僕は特に、この時期は野菜BOXもお休みの時期なので、尚更街には出て行く事がありません。なので、普段通りに畑作業なんかをしていたら、変わらぬ日常という感じもしています。
京北には、この前の土日なんかは京都市内や他府県からの車やバイクが多く来ていて、道の駅なんかは逆に溢れかえっていたらしく。
確かに今は、田舎に行くくらいしか選択肢ないよなぁと思っています。河原でキャンプも多かったようですが、残念ながら今は直売所に出す野菜もほとんどありません。違う時期だったらたくさん売れたのになぁ。

でもそんな雰囲気を感じると、さすがに京北のような田舎でもマスクは着用するのですが、それでもコメリ(ホームセンター)とかには農業の資材なんかをよく買いに出掛けています。

そんな感じで日々を過ごしています。
もちろん、例年通りこの時期は春夏野菜の準備に勤しんでいまして、夏野菜の育苗をしつつ、春の葉物やマメ類を植えたり、じゃがいもを植え付け、お米の播種も近々しようと思います。

悲観的な予想ではこれから不景気どころか世界恐慌な感じになるかもしれないし、そうなると食糧危機的な雰囲気も出るんじゃないかと思わなくもないですが、余計な事は考えずに慌てず、目の前の農作業を一つ一つこなすのみだと思って過ごしています。

コロナウイルスとかは関係なく、実はこの時期はあらい農園の誕生日になります。正確には3月24日くらいなんですが。満8歳になりました!
農業の研修生時代を含めると僕は農業歴が10年になりました。
毎年この時期は、昔の事を思い出しつつ、新たな1年の抱負を考えています。

何を書こうかと考えていたら、facebookの個人的なアカウントの方に、3年前は〜とかの過去の自分の投稿が上がってきて、そのまま過去を遡ると色々な思い出がたくさん出てきました。

以前は、今と比べて本当に何もかもがうまくいかず、いつも「自分は農業には向いていない」と頭を抱えていた事を思い出します。
落ち込む出来事が起こるたびに、一人で抱え込むと塞ぎ込んでしまうので、それをfacebookに投稿して、負の感情をシェアしてもらっていた時期です。笑

その中でも、当時の落ち込む感じが前面に出ていた懐かしい投稿がありました。

こちら↓
2015.7.20の投稿
台風でパプリカがポキポキ折れちまっています。
幼い頃に鹿に葉を食い荒らされて、ようやく大きくなって実をつけたと思ったら今度はその実の重さで、風が吹くとえらいことになった模様です。
対策しとけよって自分をdisっていますが、一方で忙しかったから仕方ないよと慰めてもいます。

スイートコーンは手塩にかけて、箱入り娘で育ててきたものの、台風の風で傾きまくったところをカラスに荒らされました。少し食べられただけやったのに、さっき見たらクソほど荒らされとるやんけ‼︎
虚しすぎて、悲しくなりますわ。
畑で倒れて寝てしまいたくなる。本気で。
その隣では、今年こそはと気合を入れていたトマトが病気で全滅でございます。
収支の計算したら、なんもせんと家で寝てテレビ見てる方が100倍ましやわ‼︎
台風できゅうりと茄子は傷だらけやし、じゃがいもは不作通り越して凶作やし、おらぁ百姓向いてねぇわ。

自分で選んだ道やから、文句言うなよと思いますし、しっかり対策してないお前の管理能力の低さが問題やねんと、ついdisってしまいそうですが、そんな事をしても、力が抜けて動けなくなるだけですので、ここは馬場俊英の出番です。
馬場さんなしでは、この局面は乗り切れないわ。

すいません、アラサーのクセにみっともない愚痴をさらして、皆様の連休を汚してしまったかもしれません。

いやぁ
ここが正念場や。
しんどいけど、ここで折れたら冬に泣くことになるわ。

さすがに辛すぎて誰かに聞いて欲しくなりましたよ久々に。
こんな時あっても良いやんね。

しかもカラスが本当にバカにしたように鳴くもんやから、たまりません。なんでお前らの残りもんをこっちがちまちま探しながら収穫せなあかんねん。
トマトが死んで、これに望みを掛けてきたもんやから、ほんまにね。ってまた愚痴っとるわ。

でも頑張ります。
ちょっと休憩したし、これからダッシュで収穫します!

ご静聴ありがとうございました。
すいません、どうでもよい人の過去の思い出に付き合わせてしまいました。
でもなんか、この当時はほんまにこんな感じで、畑で呆然と立ち尽くしてしまう事もよくあったし、畑に行く度に落ち込むから、行きたくなかった時期もあったんです。

でもこういう時期があったら、今わりと前向きに農業が出来ている事にありがたみを感じる事ができます。この毎日は昔の自分が憧れていた毎日なんだ、、みたいな事はわりと頻繁に考える事があります。だから何も文句言わず頑張れよと。

それとやっぱり、この時期なんかは野菜の質も今より全然ダメで正直に言うと野菜BOXのお客さんの入れ替わりも多かったのです。
応援してくださるお客さんにしても、さすがにお金を払い続けるレベルではなかったという事もあったと思います。

でもそんな時から、変わらず応援をしてくださるお客さんもいらっしゃいます。本当にありがたいです。
そして以前からではなくても、今現在のあらい農園を応援して頂けるお客さんにも感謝の気持ちをお伝えしたいです。

もちろん家族、友人には本当に支えられてきました。

このfacebookの投稿には、友人からの励ましのコメントがたくさん並んでいて、見返すだけでも嬉しくなりました。ああいった辛い事と励ましの繰り返しでなんとかやってきたんやなと。

皆さま、本当にいつもありがとうございます。
これからも頑張ってまいります!

↓当時の資材置きハウスの様子。ごちゃごちゃ。。

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そして9年目の抱負も!

ここ最近はあまり抱負らしい抱負がなくて、とにかく日々の農作業を頑張って、良い野菜をたくさんお届けする!という感じでした。

それはそれで本当に思っていたし、今年も同じくなのですが。
今年はさらに盛りだくさんな抱負を抱えております。3つもあります。

1つ目は個人的なもところ。
3号(はな・1歳2ヶ月の娘)との時間を大切に。
僕は我が子の幼い時期は、自分の長い人生で今しかないほんのわずかな時間だと思うようにしています。人生のボーナスステージやと思っています。なので、思う存分味わいたいから、その時間を捻出するためにも仕事は厳しく取捨選択をして、無駄な農作業をなくして、効率的な労働をしていく所存です!

いつもなら、途中でアクシデントが起きたりすると、ムカムカしてモヤモヤするから、
「まずこのアクシデントをなんとかしてから、次や!!」
となるところを、
「おいお前、それ今ほんまに必要なん?冷静になれよ大人なんやから」と冷たく自分に言い聞かすのが出来るかどうか!

2番目は新たな挑戦でしょうか。
最近、京北の若い農家さんとの繋がりを大切にするようになりました。
実は少し前までの僕は、見かけによらず勝ち気なところがあったので、
「仲間とか必要ないし、ライバル視した方が負けたくないし、その方がいいねん」とか言って、一匹狼的な雰囲気を醸し出していたのです。

でも最近色んな面で、
あぁ、このままやと若い僕らにとって良い未来は来ないかも。という不安が広がってきまして。
待ってても、運任せなんやったら、自分らからその良い未来を作っていくように動く必要があるなと感じたのです!
そのために、同じ問題意識をもった農家同士で繋がって、その上で自分らのこれからの農業を作っていくべきやと、、。

そういう風に横の繋がりで何かをしていく経験って実はほとんどないので、うまくいかないかもしれませんが、それもまた経験で自分の糧にもなると思うから、頑張って盛り上げていきたいと思っています。

それと、これは特に田舎ではそうかもしれないのですが、とにかく高齢化・過疎化で、このままでは衰退する流れみたいな事がよくあります。
そこをどう変えていくかという、やりがいというか、「伸びしろ」とか「変えしろ」みたいものはきっとあって、それは例えば大きな組織に属しているような場では、なかなか感じられない事なのかなぁと。

そういう「変えしろ」に、自分なんかでも主体的に取り組んでいけそうな面白みを感じたり、難しいやろうからこその自分の成長に繋がりそうな感じとか、あると思います。
農家でなくても、同じ年代くらいの人がもっと京北に移住をしてくれて、そういった気持ちで一緒に京北の未来をつくっていけたら楽しいやろなと思っています。

それって、たぶん60歳とかなった時にそんな仲間が多かったらすごい楽しいやろうなと思います!
はい。
やっと3つ目!笑

3つ目は、これはコロナの影響とかの話で微妙な事かもしれませんが。。
悲観的に捉えると、この状況はしばらく続くし、むしろこれから悪化するかもしれません。
もし外出もままならない、ましてや食料の輸入制限とかの影響まで話が進んだら、色々大変かと思います。
幸い、あらい農園は農業という食べ物を作る仕事なので、不況には強かったりします。

断定した事は今の段階では何も言えないのですが、気持ちとしては、例えば食料不足とか諸々の要因で野菜や米の価格が高騰したりして、世間とは反対に農家が儲かるような状況になったとしても、ここぞとばかりに儲けに走るような事はしないと決めています。あらい農園の姿勢として!

こういう時こそ、支えてもらってきたお客さんを優先にしたいです。

それと家族や友人にも野菜やお米で困っていたら
、うちでできる範囲の事はしたいなと、勝手に危機感を持って勝手に思っています。笑

この危機に、これから困ってくる人が増えてくるかと思いますが、あらい農園としては野菜やお米を通じて、微力でも役に立てるように準備はしたいと思っています。

そのためにもしっかり作らなあかん!

また文書長くなった〜。

夜中3時半の娘の夜泣きから、目が冴えてしまい、ただ今早朝5時半です。
今日も免疫下がらん程度に頑張ります!

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